保険×自然の機能×料率


湿地が失われても、洪水保険の保険料はすぐには動きません。動かないので、「失った」という信号が地域に届かない。
米国のNPO、Environmental Defense Fund が7月に出した報告書を読みました。全米の住宅向け洪水保険のほとんどを担う国家洪水保険プログラム(NFIP。運営はFEMA=連邦緊急事態管理庁)の料率とモデルに、自然を基盤とした解決策(NbS)をどう組み込むかという提言です。
報告書によれば、現行の料率算定(Risk Rating 2.0)は、民間のカタストロフモデルと、住宅の嵩上げやFEMA認定の堤防といった特定の対策への標準的な割引で組み立てられています。湿地やマングローブ、森林といった自然の治水機能は、明確かつ一貫した形では反映されていません。
引っかかるのは、その理由が「自然に効果がないから」ではないことです。
・FEMAは毎年、NbSを含む治水事業に補助金を出している(2023年は28州とワシントンD.C.の149件を採択)
・しかし、その事業は自動的には料率にも、その下のモデルにも入らない
・モデルの更新は時間と費用がかかるため、平均して3〜5年に1回
同じ政府が、補助金の窓口では自然の治水効果を認め、保険料の窓口では認めていない。認めていないというより、認めるための書式がない、という言い方のほうが近いのかもしれません。
そのうえで、報告書がはっきり書いているのは、この時間差が「守る側」だけの問題ではない、ということでした。開発が湿地に及んだり、火事で森林が失われたりして治水機能が落ちても、その低下はモデルの遅れのために料率へすぐには表れない。結果として、その事実は地域から見えないままになり、情報としての合図にも、資金の誘因にもならない、と。
なお報告書は、自然が現行モデルにまったく入っていないとは書いていません。土地被覆や地形のデータを通じて暗黙には入りうる。ただ、NbSの事業を特定したり、その治水効果を切り出したりはできない、という整理です。
では、どうするか。報告書は4つを挙げています。
・カタストロフモデルの中で、いまある自然資産とNbSの扱われ方を改善する
・モデルの外側に、NbS事業の洪水リスク低減効果を認める調整の仕組みを作る
・コミュニティ単位の割引制度(Community Rating System)で、NbSが対象になる範囲を広げ、参加と昇級を妨げている障壁に手を入れる
・FEMAの洪水地図と氾濫原管理の基準を新しくし、自然の喪失や劣化につながる開発を減らす
4つのうち、モデルそのものを直すのは1つ目だけです。残りは、モデルの外側に置く工夫になっています。モデルの更新には時間も費用もかかるので、外側に調整の窓を作る、という順番なのだと読みました。
自然の価値を意思決定に接続する、とよく言われます。実際に必要なのは、増えたときに報われる仕組みと、減ったときに気づける仕組みの、両方なのだと思います。後者のほうが、たぶん設計されていない。
NFIPの授権は9月30日に期限を迎えます。ここでいう授権とは、議会がこの制度に「新しい洪水保険を引き受けてよい」という権限を期限つきで与えている仕組みのことです。期限が切れると新規契約と更新ができなくなります(すでにある契約は満期まで有効で、保険金の支払いも続きます)。制度をどう更新するかの議論が動く直前に、この提言が出たことになります。
🔗 EDF報告書「Recommendations to better integrate nature-based solutions into the models and pricing used by the National Flood Insurance Program」(2026年7月・全33頁)
https://library.edf.org/AssetLink/0u1l153708h2nrm68yutnag34ldfr15s.pdf
🔗 NFIPの授権期限について(米議会調査局 IN10835)
https://www.congress.gov/crs_external_products/IN/PDF/IN10835/IN10835.60.pdf