緑量×医療費

緑の多い地域に住む人ほど医療費が低い。北カリフォルニアの横断研究で示されたこの関連を、ワシントン州へ移し替えた予備推計が、7月末に公表されていました。最も緑が少ない地域と最も多い地域を比べると、1人あたり年間およそ533ドルの差になる、と。
金額の話をしたいのではありません。この数字がどう作られたか、に興味を持ちました。
この推計は、ワシントン州で新しく医療費を調べたものではありません。別の地域の研究結果を、こちらの地域の条件に当てはめる方法で作られています。土台になっているのは、北カリフォルニアのカイザー・パーマネンテという医療システムの、519万人分のデータを使った2022年の研究です。住所ごとの衛星の植生データと、1人ずつの医療費を突き合わせたもので、緑の多い層ほど費用が低いという関連が出ています。
ここまでは、よくある話かもしれません。
同じチームが2025年に、同じ医療システムの同じ2003年から2015年までの記録で、設計を変えた研究結果をを示しています。着目したのは個人の中の変化です。引っ越した12万9,576人と、引っ越さなかった480万7,135人。同じ人が、より緑の多い地域に移ったときに、医療費が下がったかどうかを見ています。
結果は、総医療費でも入院費でも救急外来費でも、統計的に有意な関連は見られませんでした。外来費だけに小さな関連が出て、緑の増え方が最も大きかった転居者で、年間の外来費が推計89ドル低いというものでした。論文は、緑の多い地域への転居と医療費支出の減少との関連を支持する証拠は、ほとんど見つからなかったと結論づけています。
面白いのは、この論文が自分でその違いを説明していることです。住所の緑量から測った推計は長期の累積的な曝露を表しているかもしれない。一方で、転居者のデータは短期の曝露を表している可能性がある、と。加えて、緑の多い地域へ移った人は若く、医療費が大きく上がり始めるのは45歳以降だとも書いています。つまり、否定というより、測っている問いが違うのではないか、と。
そして、ワシントン州の推計が土台にしたのは、2022年の横断研究のほうでした。
どちらかが間違っている、という話ではないと思っています。私が気になったのは、自然の価値を金額に翻訳する仕事でいちばん難しいのは金額を出すことではなく、どの研究デザインの数字を政策や投資、事業の判断材料として用いるのかを決めることなんじゃないか、ということでした。
日本でも、緑地や自然資本の価値を金額で示す動きが増えています。ネイチャーポジティブに向けて重要な取り組みに結びつくと思っているので、そこから出てくる数字がどのようなデザインに基づくものなのか、理解していく上で、大切な視点だと思いました。
🔗 ワシントン州の推計(2026年7月30日):
https://natureandhealth.uw.edu/2026/07/preliminary-healthcare-cost-savings-results/
🔗 2025年の個人内の縦断研究(オープンアクセス):
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12068761/